喩ふれば紙の表裏ぞ去年今年 

古日記果つ褒貶も多事もなく 

イヤホンはカーペンターズ冬深む 

一月の雪峰紺に漂へり 

枯れ尽くす山へこゑあげ一寒村 

冬の鹿ドドと天地を驚かす 

年新たジャズの後にはラヴソング 




『雲母』時代には「人温」という言葉がありました。誰が言い出した言葉であるかは知りません。いつの間にか生まれ、いつの間にか雲母人の間に知れ渡った言葉でした。飯田蛇笏、飯田龍太、そして当代の飯田秀實氏に継承された飯田家独特の心配りであり、それに影響された雲母人の心持と言って宜しいでしょう。

迎え火と送り火の間夫婦たり 通草」「雪解風あはき会釈のあはきまま たま子」など、人温の心根は雲母人の間に消されぬ灯となって伝わっていたのです。


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