雨さつと泡立草の岸を過ぐ 


秋霖の日がな古塔を閉ぢ込めぬ 


美濃も奥落葉松枯れてみな枯るる 


冬深むまして谷這ふ単線は 


唇を切つて血が出て十二月 


冬の京へうつつの町をひとり発つ 




心惹かれる句集に出会った。本宮哲郎第五句集『鯰』(角川学芸出版)である。

 白梅を見て紅梅へ歩を移す

 生きている限り八月十五日

 雪月夜わが心音を抱き眠る

 俎板の寒の鯰に鳴かれけり

など、気負うことも衒うこともなく素直に綴った作者の真情が並ぶ。

嘗て『雲母』で飯田龍太が「どの家も雪の満月忘れゐし 哲郎」の一句に対し、雪国の月をこれほどまでに描いた句は知らないと讃えた作家である。

新潟県に在住し一地方作家に徹しきって生れた一書である。黒々とした土の重みを持つ句集であると言えよう。

俳句とはまさに人間そのものを表す恐ろしい文芸なのである。



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