古障子閉めて夏野を封じけり
海底へ沈みし夏の日のいくつ
夏霧の底に駅舎のまだ覚めず
川底を水削りゆく桜桃忌
著莪の花石屋に雨の降りつづく
尾の微動止まりくちなは全身死
大岡信は飯田龍太の句を評するに当って機鋒、鋭い切れ、明敏、鉈の重みなどの言葉を用いた。これらは勿論龍太作品の特徴であるが、これらの言葉では覆えない作品が龍太にはある。温みの感覚を持つ作品と言ってよい。愛という言葉で表すのは気障過ぎるが紛うことなく龍太の慈しみの情が人々を惹きつけるのである。
「子の皿に塩ふる音もみどりの夜」「父母のなき裏口開いて枯木山」など、家族への情ばかりではない。「黒猫の子のぞろぞろと月夜かな」「ふるきよきころのいろして冬スミレ」「手毬つく毬より小さき手毬唄」「百千鳥雄蕊雌蕊を囃すなり」など。これらの作品に示すいのちへの共鳴、それが人々の共感を呼ぶのである。
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