杉倒す音の中なる菫かな 


春寒の闇を抜けゆく一宇あり 


ひら仮名を読める子書く子水温む 


覇王ともなれず山辺の畑焼きぬ 


蛇穴を出でよ一水音たてよ 


春月やものの怪はまだ音たてず





飯田龍太の若い頃の作品に「いきいきと三月生る雲の奥」(昭和28年『百戸の谿』)がある。雲の奥に三月という時間が生まれ、それによって地上では草青み木々が芽吹き出す。龍太の青年期を代表する句のひとつである。

この句が英訳されたとき「いきいきと」がvividlyではなくHappilyであったのが良かったという山本健吉の文章がある。

確かにこの句の「いきいきと」は表層的な動きだけではなく万物の生命のよろこびをも示した表現だと言える。

これに対し対称的なのが昭和50年『遅速』にある「白雲のうしろはるけき小春かな」。こちらは言ってみれば命を全うした安息感が感じられるような句である。



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